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古い計算尺の左右のマーク


 古い計算尺を入手するとその左右に “ ” といった記号や “Quot.+1” ,“Prod.-1” といった記述が見られるものがあります。
 これらのマークや、位取りカーソルに付いたデシマルポイントインジケーターといった異様なものを見ると、 何やら謎めいた禍々しい黒魔術的なものを感じるのは私だけでしょうか?
 
 これらのマークに言及している書籍やサイト・掲示板は少なく、触れていても、
「 昔は位取りに使用されていたが、今は使わないので気にすることは無い 」
といった記述や回答であったりして、実際どのように使うかを知る機会はなかなか無いでしょう。
 (ヘンミ計算尺社の昭和初期の書籍や取説を手に入れるくらいしかありません。)
 
『 ひょっとして、これはタブーなのか? 人類が知ってはならない禁断の・・・ 』
・・・もう、気分はまるでラヴクラフトの小説の主人公です。
 
 ・・・とにかく、下表の様なことらしいです。(注意:私の思い込みが含まれてる可能性あり。)
 
 
(いにしえ)の計算尺の位取り記号
 
マーク・記述
掲載位置
説明



固定尺
(上側)
A尺の
左右

















固定尺
(上側)
A尺の
左右

















固定尺
(上側)
A尺の
左右

















固定尺
(上側)
A尺の
左右

 A,B尺による乗除算(*1)において、小数点位置を決定するための方法を図式化したもので各部は以下のイメージである。
 
  縦線
 乗除算の各数値の小数点位置を示す。
  横線
 分数の横線のイメージであり、乗除算を分数形式の乗算としたときに、分子側の数値を上に、分母側の数値を下に見立てる。
  矢印
 各数値を計算尺にセットする際に小数点(縦線)を移動する方向を示す。
  +−のマトリクス
 数値を計算尺にセットする際の小数点移動が、答えの位取りの増減にどう反映されるかを示すマトリクス。
 例えば、 “ x ÷ y = x / y ” の y を B 尺にセットする際に小数点位置を左(←)に 2桁移動した場合は、 y は分母側(横線の下側)なので、マークの左下の符号 “−” が対応し、A尺に得られる答えに -2桁分の影響を与える。
 
 と、説明しても 「何のこっちゃ」 なので、以下に乗算・除算の例をデシマルポイントインジケーター (以下単にインジーターと略す)の操作も交えて一つずつ示す。
 
例1: 234×345 = 80700 (真値 80730)
 
 まず、 234 の小数点を左(←)に 2桁移動し、 2.34 での計算を考えると、
 
 となるので、インジケーターの針先を+側の 2 (+2)に合わせ、カーソル線を A尺(右領域) 2.34 に移動する。
 
 
 次に、 345 の小数点も左(←)に 2桁移動し、 3.45 として計算尺に設定する。
 また、 左(←)に 1桁だけ移動した 34.5 の場合も一緒に考えてみる。 (*2)
 
 よって、、計算尺に 3.45 としてセットする場合は インジケータの針先を +2 して +4 の位置に。
 また、34.5 としてセットする場合は +1 して +3 の位置にする。
 そして、基線法(=カーソル法)で乗算を行うので、滑尺を動かして B尺左基線をカーソル線(A尺 2.34)に合わせた後、 カーソル線を B尺 3.45 または 34.5 に合わせると、カーソル線下 A尺に 8.07 または 80.7 が得られる。
 
 よって、答えは 8.07×10 +4 = 80.7×10 +3 = 80700 と求められる。
 
 
例2: 0.876÷432 = 0.00203 (0.00202777・・・)
 
 まず、0.876 の小数点を右(→)に 1桁移動し、 8.76 として A尺に置くとすると、
 
 となるので、インジケーターの針先を−側の 1 (-1) に合わせ、カーソル線を A尺 8.76 に合わせる。
 
 
 次に、 432 の小数点を左(←)に 2桁移動し、 4.32 として計算する。 問題式は 0.876× 1/432 と書き換えられるので、432 は記号の分母側の+−マトリクスで考えることになる。
 
 よって、インジケーターの針先を -2 して -3 の目盛に合わせ、滑尺を動かして B尺 4.32 をカーソル線(A尺 8.76) に合わせると、滑尺基線位置の A尺に 2.03 が得られる。
 
 
 A尺上の答え 2.03 とインジケーターの -3 から、最終的な答え 2.03×10-3 = 0.00203 が求められる。

Quot.
+1
(Q+1)


固定尺
(下側)
D尺の左











Quot.
+1
(Q+1)


固定尺
(下側)
D尺の左











Quot.
+1
(Q+1)


固定尺
(下側)
D尺の左











Quot.
+1
(Q+1)


固定尺
(下側)
D尺の左

 C,D尺による除算(中合わせ法=滑尺法)の際に位取りを決定するためのガイドである。
 この略号の直訳は 『商 (quotient) に 1を加えなさい』であるが、 計算尺の左端にあることにも意味があり、下記のようなことを表している。
 
 商(quotient;割り算の答え)の桁数は・・・ 
 
@ D尺上で、商が被除数(dividend;割られる数)より左側にあるときは、
 被除数の桁数から除数(divisor;割る数)の桁数を引いたものに 1桁加えた数となる。
 
 【商の桁数】 = 【被除数の桁数】−【除数の桁数】+ 1
 
A D尺上で、商が被除数より右側にあるときは、
 被除数の桁数から除数の桁数を引いた数となる。
 
 【商の桁数】 = 【被除数の桁数】−【除数の桁数】
 
 以下に、簡単な例を示す。
 
例: 3160÷21.5 = 147.0 , 3160÷42.2 = 74.9 
 
 
※連続除算
 
 連続して割り算を行う場合の位取りも同様で、 割り算の操作の都度、新しい商がそれまでの商の左にある場合をカウントしておき、 最終的な回数を因子の桁数の引き算結果に加えればよい。
 新しい商がそれまでの商の左にあるという状態は、言い換えれば、 滑尺が固定尺から右に引き出された(突き出た)状態であり、この状態が生じた際に +1 をカウントしていけばよい。
 カウントの手段として、位取りカーソルのデシマルポイントインジケーター(以下単にインジケーターと略す) の利用も有効である。
 
例: 156÷17÷21÷134 = 0.00326
 
 一連の操作をダイヤグラムで表示するのはスペースをとるので、テキスト(ラコニズム)で示す。
 
 (1) 計算尺操作(滑尺右突出し状態を【Q+1】で表示。 インジケーターを +1 します。)
 
h>D[1.56] C[1.7]>h h>sl[r.i] C[2.1]>h【Q+1】 h>[l.i] C[1.34]>h【Q+1】
 → D[3.26]@h
 
 (2) 桁数計算(小数点基準)
 
 3桁 - 2桁 -2桁 +1 -3桁 +1 = -2桁
 
 (1), (2)より、答えは
 
 0.00326

Prod.
-1
(P-1)


固定尺
(下側)
D尺の右











Prod.
-1
(P-1)


固定尺
(下側)
D尺の右











Prod.
-1
(P-1)


固定尺
(下側)
D尺の右











Prod.
-1
(P-1)


固定尺
(下側)
D尺の右

 C,D尺による乗算(基線法=カーソル法)の際に位取りを決定するためのガイドである。
 マークの直接的な意味は 『積 (product) から 1を減じなさい』であるが、計算尺の右端にあることにも意味があり、 下記のようなことを表している。
 
 積(product;掛け算の答え)の桁数は・・・ 
 
@ D尺上で、積が被乗数(multiplicand;掛けられる数)より右側にあるときは、
 被乗数の桁数に乗数(multiplier;掛ける数)の桁数を加えたものから 1桁減じた数となる。
 
 【積の桁数】 = 【被乗数の桁数】+【乗数の桁数】− 1
 
A D尺上で、積が被乗数より左側にあるときは、
 被乗数の桁数に乗数の桁数を加えた数となる。
 
 【積の桁数】 = 【被乗数の桁数】+【乗数の桁数】
 
 以下に、簡単な例を示す。
 
例: 31.6×21.5 = 679(真値 679.4) , 31.6×42.2 = 1334(真値 1333.52) 
 
 
※連続乗算
 
 連続して掛け算を行う場合の位取りも同様で、 掛け算の操作の都度、新しい積がそれまでの積の右にある場合をカウントしておき、 最終的な回数を因子の桁数の足し算結果から減ずればよい。
 新しい積がそれまでの積の右にあるという状態は、言い換えれば、 滑尺が固定尺から右に引き出された(突き出た)状態であり、この状態が生じた際に -1 をカウントしていけばよい。
 カウントの手段として、位取りカーソルのデシマルポイントインジケーター(以下単にインジケーターと略す) の利用も有効である。
 
例: 15.6×17×2.1×1.34 = 746 (真値 746.2728)
 
 一連の操作をダイヤグラムで表示するのはスペースをとるので、テキスト(ラコニズム)で示す。
 
 (1) 計算尺操作(滑尺右突出し状態を【P-1】で表示。 インジケーターを -1 します。)
 
h>D[1.56] sl[l.i]>h【P-1】 h>C[1.7] sl[l.i]>h【P-1】 h>C[2.1] sl[l.i]>h【P-1】 h>C[1.34]
 → D[7.46]@h
 
 (2) 桁数計算(小数点基準)
 
 2桁 -1 + 2桁 -1 + 1桁 -1 + 1桁 = 3桁
 
 (1), (2)より、答えは
 
 746.

Quot.
+1
(Q+1)


Prod.
-1
(P-1)

の補足

連続乗除計算
 
 C, D尺にて乗除混合の連続計算を行う場合の位取りも、連続乗算・連続除算と同様である。
 操作の都度、掛け算なら因子の桁数を加算し、割り算なら因子の桁数を減算する。
 そして、滑尺が右に突き出る操作の際に、それが掛け算なら -1 ,割り算なら +1 していき、 最後に因子の桁数計算結果の調整を行う。
 カウントにはもちろん位取りカーソルのデシマルポイントインジケーターが利用できる。
 
位取り
 
 C, D尺の乗除での位取りは、A, B尺の乗除での位取りと違い、基本的に小数点を基準とした絶対的な桁(span)を考える。
     
数値 桁(span)
123.
  12.3
  1.23
  0.123
  0.0123
  0.00123
  0.000123
 3
 2
 1
 0
-1
-2
-3
 
Quot.+1 , Prod.-1 の別表現
 
 “Quot.+1” ,“Prod.-1” は、 “Q+1” ,“P-1” といった省略バージョンがあるが、 計算尺によってはさらに省略され、単に “” ,“” と表記されているものもある。
 これらの表記はすべて 『商・積が被除数・被乗数に対してどちらにあるか』 いう意味で左右に振り分けられているが、 滑尺が右に引き出された時にQuot.+1” ,“Prod.-1が発生することから、 『滑尺がどちらに引き出されているか』 ということで左右に位取り操作の指示を表記しても良いはずである。
 教本の中には、滑尺が引き出された方向に位取り操作の指示を書き込むことを推奨しているものもあり、 例えば、左側に“×=SUM” ,“÷=DIFF.”、 右側に“×=SUM−1” ,“÷=DIFF.+1” と表記する。
     
左の表示 右の表示 左右の意味
Quot.+1
Q+1


×=SUM
÷=DIFF.
Prod.-1
P-1


×=SUM−1
÷=DIFF.+1
商・積の被除数・被乗数に対する方向



滑尺が引き出されている方向
 
*1:
 昔の計算尺(マンハイム;A,B,C,D//S,L,T)では、 A,B尺での乗除計算はポピュラーだった。
 C,D尺の方が精度は良いが、目はずれが頻繁に生じて基線の置換えの手間があるため、目はずれがほとんど無い A,B尺での計算の方が計算効率が良い。
 (もっと昔はカーソルの無い A,B,B,D 形式 (表記は A,B,C,D) の計算尺(イギリス尺) で、乗除は A,B尺を使用し、 D尺は平方・平方根の計算で使用された。)
 
 後に CI尺が配備され、ポリフェーズ(K,A,B,CI,C,D//S,L,T)やリーツ(L,A,B,CI,C,D,K//S,S&T,T)等の改良品が出てくると、 1単位尺(CI,C,D)での中合わせ法(滑尺法)による乗除が(目はずれの問題を残しているとはいえ)断然便利になり、 2単位尺での乗除は衰退の方向に向かい、“ ” は無くなり、“Quot. +1”,“Prod. -1” も CI尺込みのものに変更されることも無く消えていった。
 
*2:
 A,B尺による乗除は数値の設定領域が 2つ(1〜10,10〜100)あるので、その都度都合のよい方を使用してよいが、 その分小数点の移動も煩雑になるので注意。 そういう意味でも、この紋章とインジケーターのコンビネーションは素晴らしい。
 
 
■参考文献
 
 ・「計算尺詳解」(宮崎治助)
 ・Post社「SLIDE RULE INSTRUCTIONS」
 ・「SLIDE RULE - HOW TO USE IT」(Calvin C. Bishop)
 ・ISRG メッセージ

改版メモ
2007/09/18 : このページ追加。